正義は不幸の始まり

自分が正しいと言う事を主張したい時ってありませんか?


人間だれしも、自分の正義を貫きたい時はあると思います。

 

崇高な想いを持っていても、時と場合によっては、

その正義は不幸を生み出します。

 

 

「正しいもの」や「正しいこと」を貫く姿勢は勇気ある行動です。

 

 

しかし、時と場合によっては、その「正しさ」が

将来の自分の立場を苦しめ、未来を奪われる結果になります。

 

 

「些細なことで相手を怒らせてしまって・・・」

 

 

と言う場合、たいていは相手のプライドやその人の存在、

自尊心を傷つけている時が往々にしてあります。

 

 

些細な事こそ、相手にとってはとても重要な事なのです。

 

 

正論を言えば、全てが丸く収まる訳ではありません。

 

 

正論=正義ではない時が世の中にはたくさんあるのです。

 

 

正義は時として、人を傷つけます。

 

 

だからこそ、自分の正しさを押し通すのではなく、相手の意見も

大切にしながら、相手の気持ちをくみ取ることも大切なのです。

 

 

そうは言っても、相手の気持ちをくみ取ることは

大変な事です。色々な人間関係のしがらみもありますから。

 

 

そんな時は、こう考えてみましょう。

 

 

この場を、今動かしているのは、仕切っているのは誰なのか。

 

 

この視点を常に忘れず、場を仕切っている人を冷静に

見立てて行く事で、大きな失敗はしなくなります。

 

 

ボスが分かれば、そのボスの言っていることが

「正義」になってしまいます。

 

 

たとえその正義が間違っていても、自分に合わないと思っても

その場をうまくやり過ごしてしまえば、不幸は生み出さないのです。

 

 

その場から離れることが出来たら、自分に合わないと思ったことは

関わらなければいいのです。

 

 

職場などの場合は、無駄な反発を生み出さない様に

適当にスルーをしていけばいいと言う考えです。

 

 

自分の正義や正論をぶつけてしまうと、ボスのプライドや自尊心を

傷つけてしまうので、いつか自分の立場を追いやられてしまいます。

 

 

それどころか、未来も将来も奪われること間違いなしです。

 

 

しかし、明らかに間違った考えを押し付けられているのであれば

徒党を組んでボスを引き摺り下ろせばいいのです。

 

そのボスは、カルト的思考をもち、恐怖で人を

動かそうとする、よろしくない人ですから!

 

 

空海先生はこう言いました。

 

 

菩薩の用心(ようじん)は皆、慈悲を以って本(もとい)とし、

利他(りた)を以って先(せん)とす。

 

 

この訳は、菩薩さまは慈悲の心を基本としていて

自分よりも、まず先に他人のことを考えているんだよ。

 

 

って意味です。

 

 

更なるさりーちゃん的解説をすると、

 

自分のことよりも、相手の利益や幸せを考えて動けば

まぁ悪い結果にはならないよね。

自分の利益を最優先で考えていると、反発が生まれるから

注意した方が良いですよ~。

 

 

ってことですね。

 

 

自分は正しいと思っていても、その場にふさわしい正義かどうかを

判断しないと、自分の将来も立場も危うくなるのです。

 

 

私って、余計な事を言っちゃうのよね。。。

 

 

って自覚症状があるなら

 

 

この発言は、この場にいる人たちを幸せにするかな?

 

 

って一瞬考えてから、発するようにしてみてください。

 

 

因果応報と言うわけではありませんが、何をどう

アウトプットするかで結果は大きく変わってきます。

 

 

善因善果(ぜんいんぜんか・良い行いは、良い結果を引き寄せる)は

自分の気持ちを癒してくれる、平和にしてくれる第一歩です。

 

 

皆で心楽しく過ごすために、今自分は何をすべきか?

 

 

と言う事を考えたら、自ずと結果は現れます。

 

 

より良い未来を手に入れるために、ほんの少しだけ

自分ができる事を始めてみてくださいね。

 

 

 

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